テストカーの模様が気持ち悪い理由｜迷彩の謎とメーカーの戦略

公道を走る、奇妙な渦巻き模様の車を目撃したことはありませんか。市販車では決して見られないそのデザインに、なぜか不安な気持ちになったり、人によっては「気持ち悪い」と感じたりすることもあるでしょう。

実は、あの不思議な模様には明確な目的があります。それは、新型車の情報を守るための特殊なカモフラージュであり、そのルーツは「ダズル迷彩」と呼ばれる軍事技術にまで遡ります。

この記事では、テストカーになぜあの模様が施されているのか、そしてラッピングという手法が用いられる理由を徹底的に解説します。単にデザインを隠すだけでなく、現代ならではの巧妙な戦略まで、その全ての謎に迫ります。

テストカーの模様が気持ち悪い本当の理由

なぜ公道で奇妙な車が目撃されるのか

自動車メーカーは、新型車を発売する前に徹底的な走行試験を行います。もちろん、各メーカーは自社の広大なテストコースを所有しており、そこには様々な路面状況を再現した設備が整っています。しかし、テストコースだけでは測りきれない要素も少なくありません。

例えば、日常的な交通の流れの中での加減速の挙動や、一般道の多様な電波環境下での電子機器の作動確認、さらには予期せぬ路面の凹凸がもたらす乗り心地への影響など、実際の公道でしか得られないデータは数多く存在します。

そのため、開発の最終段階では、どうしても一般公道を走行して最終チェックを行う必要が出てくるのです。この段階で目撃されるのが、奇妙な模様をまとったテストカーというわけです。

あの模様は視覚を惑わすカモフラージュ

テストカーに施された渦巻きや幾何学模様は、「光学的なカモフラージュ」や「デジタルカモフラージュ」などと呼ばれています。この最大の目的は、見る人の視覚を混乱させ、車本来のデザインを分からなくすることにあります。

自動車のデザインの魅力は、ボディパネルの滑らかな曲面や、シャープなプレスライン（キャラクターライン）によって大きく左右されます。カモフラージュ模様は、こうしたボディの抑揚や立体感を意図的に分かりにくくする効果を持ちます。

結果として、模様のない状態で見るのとは全く異なり、車全体がのっぺりとした平面的な印象に見えてしまいます。これにより、ライバルメーカーやメディアによるデザインの分析を防ぎ、発売前の情報を秘匿しているのです。

デザインを隠すラッピングという手法

かつてのテストカーの偽装は、段ボールや樹脂製のボードといった別の造形物をボディに貼り付け、その上からカバーをかけるといった物理的な手法が主流でした。しかし、この方法にはいくつかの欠点があります。

第一に、付け加えたパーツが走行中の風圧で剥がれ落ちる危険性があることです。また、意図しない風切り音が発生し、騒音に関する正確なテストができないという問題も抱えていました。

そこで近年主流となっているのが、ボディ全体に特殊な模様のフィルムを貼り付ける「ラッピング」という手法です。これであれば、空力特性をほとんど変えることなくデザインを偽装でき、コストも比較的抑えることが可能です。ラッピング技術の進化が、現代のカモフラージュ手法を支えています。

表：偽装手法の比較

ルーツは第一次大戦のダズル迷彩

表面の模様で物体の形状を誤認させるというアイデアの起源は、古く第一次世界大戦にまで遡ります。当時、イギリス海軍は、敵の潜水艦から魚雷攻撃を受けやすい低速の輸送船を守るため、船体に不規則な縞模様や幾何学模様を描きました。

これを「ダズル迷彩（Dazzle Camouflage）」と呼びます。森や砂漠に溶け込む一般的な迷彩とは異なり、ダズル迷彩は隠れることを目的としません。むしろ、あえて目立つことで敵の観測者に対して、艦船の進行方向や速度、距離感を誤認させ、攻撃の照準を狂わせることを狙ったのです。

明確な理論化には至らなかったものの、攻撃を躊躇させる一定の効果があったとされ、第二次世界大戦でも一部で利用されました。この「形を誤魔化す」という思想が、現代のテストカーにも受け継がれていると考えられます。

ボディの凹凸やラインを認識させない効果

なぜ、あの模様を見ると「気持ち悪い」と感じたり、車の形が分かりにくくなったりするのでしょうか。それは、人間の脳が物体を認識する仕組みと深く関係しています。

私たちは普段、無意識のうちに物体の輪郭や光の当たり方（陰影）から、その立体形状を判断しています。しかし、テストカーの模様は、この陰影のパターンを破壊し、本来のボディラインとは全く異なる偽の輪郭を脳に認識させます。

渦巻き模様や複雑な幾何学模様が連続していると、脳は個々の模様に注意を奪われ、その下にある本当の形状を追うことが困難になります。この「見えるはずの形」と「実際に見えている模様」との間の情報の不一致が、視覚的な違和感や不快感、つまり「気持ち悪い」という感覚を生み出す一因となっているのです。

気持ち悪いと感じるテストカー模様の裏の顔

カメラのオートフォーカスを無効化する柄も

現代のカモフラージュは、単に人間の目を欺くだけではありません。スマートフォンやカメラによる写真撮影を妨害する機能を持つものも存在します。

特に、オートフォーカス機能は、被写体のコントラストが最も高くなる部分を探してピントを合わせる仕組みになっています。テストカーの模様の中には、大きさの異なるドットや直線を複雑に組み合わせることで、このコントラスト検出を混乱させるよう、コンピューターで緻密に設計されたものがあります。

このような模様の車をオートフォーカスで撮影しようとすると、カメラはどこにピントを合わせればよいか判断できず、結果として全体がぼやけた写真しか撮れなくなります。鮮明な写真を撮るにはマニュアル操作が必須となるため、手軽な「スパイショット」対策として非常に有効な手段なのです。

情報を隠すだけではないメーカーの狙い

これまで説明してきたように、カモフラージュの第一の目的は、発売前の重要なデザイン情報をライバルや世間から隠すことです。しかし、近年の動向を見ると、目的はそれだけではないことが分かります。

考えてみてください。本当に存在を隠したいのであれば、深夜のテストコースで人知れず走行試験を行うはずです。あえて人目につく日中の公道を、あれほど奇抜で目立つ模様の車が走ること自体に、別の意図が隠されていると推測できます。

特に、すでに発売が噂され、大きな注目を集めている車種の場合、そのカモフラージュは「隠す」という役割以上に、「見せる」ための演出という側面を強く帯びてきます。つまり、メーカーはカモフラージュを逆手に取った、新たな戦略を展開しているのです。

SNSでの拡散を狙ったプロモーション戦略

現代において、その新たな戦略の主戦場となるのがSNSです。奇妙で「気持ち悪い」とさえ思える模様の車は、非常に記憶に残りやすく、目撃した人が「何だこの車は？」と写真付きで投稿したくなる格好の材料となります。

メーカーにとって、こうしたSNS上での投稿や拡散は、費用をかけずに行える絶好のプロモーション活動（ティザーキャンペーン）です。投稿がバズればバズるほど、無数の人々が新型車への関心を高め、発売前の期待感を盛り上げてくれます。

近年では、トヨタの新型スープラやシボレーのコルベットなどが、あえて特徴的なカモフラージュを施して積極的に公の場に登場し、話題を呼びました。もはやカモフラージュは、情報を「隠す」と同時に「話題を拡散させる」という、一石二鳥の複合戦略のたまものと言えるでしょう。

発売が近いことを示すサインでもある

公道でカモフラージュされたテストカーが目撃された場合、それは開発が最終段階に入り、市販化が近いことを示す一つのサインと捉えることができます。基本的な性能やデザインが固まり、公道での最終調整を行っている段階だからです。

具体的な期間は車種や開発状況によって様々ですが、一般的には目撃情報が出てから3ヶ月から半年程度で正式発表や発売に至るケースが多いようです。もちろん、これはあくまで目安であり、テストの結果次第でスケジュールが変更になる可能性は十分にあります。

いずれにしても、テストカーの目撃は、新しい車がもうすぐ市場に登場することを示唆する、車好きにとっては心躍る出来事なのです。

販売に至らないケースも存在するので注意

前述の通り、テストカーの公道走行は発売が近いサインであることが多いですが、必ずしも全てのテストカーが市販化に至るわけではない、という点には注意が必要です。

開発の過程で重大な問題点が発覚したり、市場の需要が変化してプロジェクト自体が見直されたりすることもあります。また、特定の部品や新技術の耐久性を試すためだけに、既存の車を改造したテスト車両が走っている場合も考えられます。

そのため、「テストカーを見たから、絶対にあの車が発売される」と断定することはできません。あくまで「新しいモデルが開発されている可能性が高い」と捉え、メーカーからの正式な発表を待つのが賢明です。

総括：テストカーの模様が気持ち悪いと感じる謎の結論

この記事で解説してきた内容を、以下にまとめます。